現代の仕事において、最も重要でありながら見落とされがちな要素の一つが「コミュニケーション」です。製品を売る場合でも、技術を教える場合でも、戦略的なビジョンを示す場合でも、成否は単に情報を伝えたかどうかではなく、相手が行動を起こすかどうかで決まります。
話し方とストーリーテリングのコーチである Jay Acunzo 氏は、人を行動させるためには、まず「関心を持たせること」が必要だといいます。
Acunzo 氏の使命は、ビジネスリーダーがより強力なスピーカーになる手助けをすることです。彼は、大手テクノロジー企業でのマーケティング職から、基調講演、企業コンサルティング、さらには人気ポッドキャスト「How Stories Happen」へとキャリアを広げてきました。
このインタビューでは、本物のストーリーテリングがどのように信頼を築き、退屈なコミュニケーションを忘れられないものへと変えるのか、その秘訣を探ります。
以下は、インタビューのハイライトです(内容を明瞭化するため、文面は編集しています)。
——まず、ビジネスにおけるストーリーテリングとは何かをはっきりさせておきましょう。作り話をすることでも、相手に分かるようにレベルを下げて話すことでもありませんよね?
私は常に、2017 年にノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロ氏の言葉を思い出します。受賞スピーチで彼は「物語とは、ある人が別の人に『これが私の感じ方です。私の言っていることがわかりますか?あなたもそう感じますか?』と語るようなものだ」と述べました。
マーケティング、ビジネス、リーダーシップ、営業、何でも同じです。明確であること(言っていることが分かりますか?)だけでなく、共感(あなたもそう感じますか?)を生み出すことが大切なのです。
例えば、私が週末にしたことについて面白い話をしてあなたが喜んだとしても、それがあなたの考えや行動を変えることはありません。しかし、ビジネスの世界では、人々を行動へと駆り立てる必要があります。信頼を築き、行動を促す——これがコミュニケーションを仕事にする人やリーダーの 2 つの役目です。
あなたは、相手が関心を持つような、また、心の中で、あるいは、仕事や生活など実社会の中で行動を起こすような方法でコミュニケーションすることができているでしょうか?それが効果的なストーリーテラーというものです。私は人を動かすような伝え方を心がけています。
——何かを見たからといって、それに反応するとは限りませんよね。自分の考えを伝える際に、リーチよりも共鳴を重視するとどうなるのでしょうか?
まず「リーチ」と「共鳴」という用語の定義をしておきましょう。リーチはどれだけ多くの人に届くか、共鳴はどれだけ深く関心を持たれるかです。私はどれくらい深く関心を持ってもらえるかに関心があります。なぜなら、深く関心を持てば、サブスクする、視聴する、購入する、言及するなど、何らかの形で行動を起こすからです。
あるいは、人々があなたにより深く共感することで、その他のすべての活動がスムーズになります。
結果を求めるなら、共鳴を優先すべきです。相手に「行動したい」という衝動を与えられるか——それができなければ、何の結果も生まれません。さらには、このクリエイティブな行為から充実感や満足感を得られないと思うのです。
相手に「行動したい」という衝動を与えられるか——それができなければ、何の結果も生まれません。
Jay Acunzo 氏
——つまり、「言っていることは理解できる」だけでなく、「それに共感する」を目指すということですね。
そうです。そして、ストーリーはそのための手段です。ストーリーは、一つの前提、主張、あるいは変化を軸に展開され、まずは相手の現状に寄り添います。そして、相手が聞きたいことをすべて伝えます。ただ興味を引くだけでなく、行動を促し、さらにはストーリーを超えて前進する気持ちにさせるのです。
相手の立場に立ち、アイデアを論理的に説明することが重要です。しかし、私たちは、自分の出した結論やアイデアにあまりにも近づきすぎてしまい、人々と共鳴する方法を学ぶことを忘れてしまっているのではないでしょうか。問題や苦痛を煽り、緊張感を生み出しながら、相手が大事にされていると感じられ聞く準備ができたと感じられるような主張をします。
まず相手と共鳴する。そのうえで、アドバイスや手法、提案、売りたいもの、プロジェクトへと誘導する——これがコミュニケーションのあり方を再設計する一つの方法だと思います。
——ストーリーテリングは広告代理店や講演を生業とする人々だけのものだと考える人もいるかもしれません。しかし、あなたはすべてのプロフェッショナルにとってストーリーテリングが重要なスキルだと主張しています。
ストーリーテリングは、人間同士が理解しあうための「オペレーティングシステム」です。そして、それは人類がコミュニケーション能力を獲得した当初からずっとそうであり続けています。
誰かが話しているときに、「早く自分も話したい」と感じたことはありませんか? 「私にも似たようなことがあってね…」と思いついたり。こうしたストーリーは、自然に出てくるものです。ところが、ビジネスの場面になったり、何かしらのプレッシャーがかかったりすると、途端に自分にはストーリーなんて語れないと思い込んでしまうのです。
それは、ストーリーとは、壮大でニュースになるようなものでなければならない、と私たちが教えられてきたからだと思います。例えば、私は 10 億ドル規模の会社を創業した、とか、生死の境をさまよった、など。しかし、そんなニュースになるような出来事を持っている人は、ほとんどいません。でも、注目に値することは誰しもたくさん持っています。
優れたストーリーテラーに特別な経験は必要ありません。彼らは、日常のあらゆるものに意味を見出す方法を知っているのです。それが、優れたクリエイターや科学者の特徴です。彼らは気づく人たちなのです。
これは、豊かな生き方にもつながります。そして、コンテンツやコミュニケーションをより魅力的なものにする方法でもあります。例えば、「より優れたスピーカーになるためのコツ」を講演するとしましょう。その際に、子どもの頃の小さなエピソードを語り、それを比喩、ストーリーとして使うだけで、単なる説明よりもはるかに伝わりやすくなるのです。
優れたストーリーテラーに特別な経験は必要ありません。彼らは、日常のあらゆるものに意味を見出す方法を知っているのです。
Jay Acunzo 氏
私はよく冗談めかして「AI と同じように、人間も LLMで動いている」と言います。AI には LLM(大規模言語モデル・Large Language Models)がありますが、人間には「小さな人生の瞬間(Little Life Moments)」があります。そして、それを活用できていないのです。あなたの「小さな人生の瞬間」には、他の誰もアクセスできません。でも、それこそが他者と強くつながるための最も強力な手段です。なぜなら、あなたが自分の瞬間を語ると、聞き手は自分自身の経験を重ね合わせ、いつの間にかあなたのアイデアや体験に深く引き込まれていくからです。
だからこそ、カズオ・イシグロの引用に戻って、「あなたもそう感じますか?」と問いかけることが大事なのです。そして、聞き手はそこで「はい、私もそう感じます」と共鳴するのです。だから、私はストーリーテリングはパフォーマーや広告代理店のためのものという考え方に強く反対します。
——「気づくこと」が重要だとおっしゃいました。これは重要なビジネススキルです。パターンを見つけ、洞察を得て、何が起こっているかに気づき、目の前で起きていることを理解し、それを筋の通った形で伝えることができる能力。
常に練習であるということを心に留めておくといいと思います。もっと上手くなりたいなら、毎日でも、週に一度でもいいので、文章を書きましょう。誰にも送る必要はありませんが、公開することを目標にしてみてください。
話すことを仕事にしたいのに、挑戦しない人はたくさんいます。でも、無料で講演をしたり、自分でイベントを企画したりすることはできます。地元で何かの集いを開催するのもいいでしょう。あるいは、ポッドキャストや動画を作るなど、スピーキングにと関連するプロジェクトを始めるのも一つの手です。
もしあなたに憧れのスピーカーがいて、その人のように話せるようになりたいなら、それもまた練習です。あなたはその人を崇拝しているかもしれませんが、大したものではありません。大半が試行錯誤の積み重ねで、そのプロセスはあなたと同じように雑然としています。違いがあるとすれば、彼らはその混乱の中でも、粘り強くやり遂げたということ。大変な仕事ですが、今の時代、かつてないほど多くの人々にとって達成可能なものとなっています。
——ストーリーテリングが重要な場面についても考えてみましょう。一般的なビジネスパーソンがストーリーテリングを活用する必要がある最も一般的な場面は、チーム向け、あるいはクライアントに向けたプレゼンテーションの場ではないでしょうか? これはあまりに狭い見方ですか?
ストーリーテリングにもいろいろなものがあります。
一つは、単に「伝えたいことを分かりやすく説明させてください」ということ。つまり、具体的なエピソードです。伝えたい洞察のためにストーリーを語ります。このスキルはとても重要で、もっと多くの人が練習すべきだと思います。そして、自分なりの「シグネチャーストーリー(定番ストーリー)」を持ち、場面に応じてカスタマイズできるようになれば、どこに行っても活用できます。
一方、もう一つのストーリーテリングとは、自分の考え方の軸となる物語を持つことです。あなたが世界をどう見ているのかを示すレンズとしてのストーリー。これがあれば、他者があなたに共鳴しやすくなります。例えば「これが私たちが普段やっていることです。共感していただけますか?でも、ここには対立があります。そこで、私はこう考えます」という感じです。これで聞き手は引き込まれます。これは単なる釣り文句ではありません。むしろ、「ここに問いがあります。その答えを一緒に探していきましょう」という姿勢です。
どこで話すときも、ストーリーテリングの技術を使うことはできます。でも、そのためには、まず上記の二つのストーリーを整理しなければなりません。つまり、「具体的なエピソード」と「私の見方の基となる考え方」の両方を明確にすることが大切なのです。
——シグネチャーストーリー(定番ストーリー)についてお話されましたが、それはどういう意味ですか?
私には、創業者、役員、友達、過去の自分、そして家族について語れるストーリーのストックがあります。重要なのは、必ず「人」に関するものであるということ。ロゴについてのストーリーは語れません。なぜなら、ロゴ自体は、立ち上がったり、動き回ったり、失敗して学んだりするものではないからです。ストーリーは常に、人や人の集まりについてのものなのです。
シグネチャーストーリーとは、頭で覚えているものではなく、体に染み込んでいるようなストーリーのことです。どんな場面でも引き出せて、どんな形にも柔軟に適応させることができ、伝えたいポイントに導くことができる。そして、何よりも自分だけのオリジナルとして語れる。それがシグネチャー(署名)たる所以です。
同じ話を何度も繰り返せばいいわけではありません。脳をオフにして過去に何度も話したポイントをただ機械的に繰り返すのではなく、その場にしっかりと意識を向け、状況に応じてストーリーをアレンジする必要があります。しかし、ストーリーの「型」や「リズム」は自分の中で確立されています。
プロのエンターテイナーやビジネス書の著者といった語り手のように振る舞う必要はありません。それでも、すぐに使える定番のストーリーを持っておくことは、コミュニケーションを大きく助けてくれます。最初はただのエピソードかもしれませんが、何度も語るうちに、それは自分にとってのシグネチャーストーリー、頼りになるストーリーへと育っていくのです。
——ロゴについてのストーリーを語ることはできないとおっしゃいました。デザイナーなら異論があるかもしれませんね。でも、そのストーリーは本質的にはロゴそのもののことではない、ということですよね。
組織の話からストーリーを始めること自体は問題ありません。しかし、それだけでは深いレベルでの共感は生まれません。なぜなら、ストーリーを受け取るのはロゴではないからです。あなたの物語を受け取るのは人であり、彼らはあなたが言うことすべてを個人的なものとして判断します。「自分はこれに同意するか?」「何か違和感を覚えるか?」「あなたのアイデアを取り入れて、次のステップへ進むか?」この判断は、読む、見る、聞く、買う、登録する、など、すべての行動に影響を与えます。
人が登場するストーリーには、そうした反論の余地を減らす力があります。例えば、「Airbnbという会社は、サービス開始前、ある問題に直面しましたが、それを乗り越え、今では成功しています」と聞いたら、聞き手は多くの疑問を抱くでしょう。
人を軸にしたストーリーは、聞き手の頭の中のノイズを取り除き、伝えたいことをよりスムーズに届ける助けとなるのです。
Jay Acunzo 氏
人を軸にしたストーリーは、聞き手の頭の中のノイズを取り除き、伝えたいことをよりスムーズに届ける助けとなるのです。
——ストーリーテリングの手法を取り入れることをためらう理由のひとつに、退屈に思われるのではないか、的外れになってしまうのではないか、という不安があります。
ストーリーテリングとは、究極的には抑制の訓練です。先日、大きな基調講演を控えているクライアントと話していました。彼女には、クリエイティブな仕事をする人ほど昇進するにつれて実際の仕事から遠ざかってしまう、というテーマのシグネチャーストーリーがありました。
彼女の話の中に、趣味でピザ作りをしている男性が登場します。彼は最初は週末にピザを作るだけの週末シェフでしたが、やがてピザを売り始め、店舗を構え、レストランを経営し、さらにはフードトラックまで持つようになります。そして、彼が「ピザ作りが懐かしい」と感じる、と語るのです。
しかし、私は彼女に言いました。彼が懐かしく思っているのはピザ作りそのものではなく、小麦粉の感触なんだ、と。生地を回すときの感覚、そして、それが手の中に戻ってくるときの感触——まるで、自分が愛する作品に抱かれているような感覚だ、と。
あなたはピザ生地の感触を知らないかもしれませんし、そもそもピザに興味がないかもしれません。でも、誰にでも自分だけの特別な瞬間があるはずです。そして、その話を聞いたとき、あなたは自分自身のその瞬間を思い浮かべるでしょう。
これこそが、深く共鳴できた最高のサインだと思います。誰かが「この話、すごく好き!」と言うのではなく、講演が終わるやいなや「ずっと自分の経験を思い出しながら聞いていました!」と駆け寄ってくる——それこそが本当に響いたということです。
より深く外部とつながるためには、まず自分の内側を深く掘り下げることが必要です。
Jay Acunzo 氏
より深く外部とつながるためには、まず自分の内側を深く掘り下げることが必要です。核心となる 1 つか 2 つの具体的なディテールを見つける。そして、そこから一歩引いて、聞き手が自分の経験を重ね合わせられるようにするのです。
——今、「人間らしさ」はかつてないほど重要になっています。AI が生成するコンテンツがあふれる時代において、人間の物語を語る力は競争力になり得るのでしょうか?
それは常に優位性があったところだと思います。しかし、今はそれを「自分の優位性」として確立することが急務になっています。
ストーリーを語ることでつながりを作る完璧な例があります。私はボストンに住んでいて、子どもたちとよくニューイングランド水族館に行きます。巨大な水槽の周りを、らせん状のスロープを歩いて見学できるんです。スタッフがいて、来場者の質問に答えてくれるのですが、多くのコンテンツクリエイターが AI によって危険にさらされているのと同じように、彼らの役割は危機にさらされているように感じます。
なぜなら、スタッフが質問に答える一方で、水槽の周囲にはタッチスクリーンの案内パネルが設置されているからです。スタッフが忙しければ、そのスクリーンを見れば済みます。「これはアオウミガメです。寿命はこれくらい、体重はこれくらい、食べるものはこれです」といった情報がすぐに得られます。
これはスタッフの仕事を脅かすものです。なぜなら、スタッフにしかできないことをしていない限り、遅かれ早かれ、そして今の流れを見るとそれはすぐに起こりそうですが、彼らの存在自体が不要になってしまうかもしれないからです。
では、どうすればいいのでしょうか?アオウミガメに関する基本的な情報を伝えるだけでなく、「このカメの名前はマートル。彼女は 75 歳で、めちゃくちゃ気難しいんです。新しい魚が水槽に入ると、みんな水槽の一番上で眠っているマートルのそばに行くんです。そして「バシッ!」— 彼らはすぐに学ぶんです。『マートルのサンゴには近づくな』ってね」と。
そのスタッフがしているのは、ボットやキオスクが提供するありきたりな情報ではなく、私が興味を持つことを話すことなのです。ボットは私に知識を与えることはできますが、人間は私に何かを感じさせることができるのです。私たちは、仕事において、その違いを過小評価してはいないでしょうか?
私が伝えたいのは、それが、購入の決定、友人作り、結婚など、あらゆる場面であなたが選ぶ人と無視する人を分ける最大の要素だとういうこと。私たちが行うすべてのことに最も大きな影響を与えるのは、「私に関心を持たせられるか」です。
ボットは私に知識を与えることはできますが、人間は私に何かを感じさせることができるのです。
Jay Acunzo 氏
——この例は本当に完璧ですよね。子どもは、ウミガメの生息地の地図や、平均体重、寿命といったデータは覚えていないかもしれません。でも、マートルのことは覚えています。マートルに親しみを感じ、また会いに行きたくなる。そして、野生の世界におけるマートルの境遇を考え、「マートルが無事でいてほしい」と思うようになるかもしれません。
ここで、さらに一段深い「メタレベル」の話をしましょう。ちなみに、私がこのマートルの話をしたことで、みなさんの記憶に残ればと思っています。実はこれは、私のシグネチャーストーリーのひとつです。この話を通じて、私のことを覚えてくれたり、ニュースレターやポッドキャストを購読してくれたり、あるいは私を仕事で呼んでくれたりしたら大変嬉しいことです。
私はただ人前に立って講演をして、「いい話だった」と思われて終わる存在にはなりたくはありません。それっきりで忘れられるのではなく、私たち全員がそうであるように、もっと深いレベルのつながりを築きたいと思っています。
これこそが、単に情報や専門知識を伝えるだけでなく、その情報や専門知識を生き生きとしたものとして届けることの違いです。まさに、このウミガメの話が生き生きとした例です。マートルは本当に実在するカメで、実際に個性があります。
だから、キオスクやタッチスクリーンのように、ただデータを並べるだけの存在にならないでください。ただ事実を伝えるのではなく、その事実を「生きたもの」にすることが大切です。そうすれば、相手はこの場所やブランド、この瞬間に対して関心を持つだけでなく、あなた自身にも関心を持つようになるかもしれません。
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